オーガニックコスメを日本に根付かせ、エステを経営すると「行きたいエステ」1位になるなど話題になった。吉川千明さんは自分がいいと思い、自分の肌で信頼できたものを、女性たちに優しい言葉で語る。それが女性の心をつかんだ。離婚で一度はほぼすべてを手放した。人生のリセットを支えたのは女友達。自分の真の価値を見いだすために、吉川さんの美容はある。 * * * 2019年10月、日本最大のオーガニックイベント「女性のためのナチュラルビューティースタイル展」がジェイアール名古屋タカシマヤで開かれた。世界のオーガニックコスメなど約60のブランドが集結する一大イベントを、全てコーディネートしてきたのが美容家の吉川千明(60)だ。アロマという言葉も浸透していなかった1990年代から、ナチュラルコスメ業界を牽引してきた。 この日、会場では吉川と植物療法士の森田敦子(54)のトークイベントが行われていた。用意された50席はすぐに埋まり、立ち見の人もいる。 冒頭、森田は「快感はとても大切」とオーガズムの話をはじめた。吉川は「そう、女性ホルモンも関係している大切な話なんですよね」と、まっすぐに客席に視線を向けながら、自身の更年期の体験を語った。女性たちがのめり込むのが分かった。それから2人は腟の乾きや痛み、どうケアしましょう?と柔らかな口調で語り続けたのだ。 こんな世界があるのか。アロマの香り立つ百貨店の催事場で、性が美容の言葉で語られる。語りにくいことを誤魔化すことなく、「あなたの身体を大切にして」とまっすぐに伝える。ハンカチで目をおさえる人は、一人や二人ではなかった。 売り場では、女性たちが買い物を楽しんでいる。「肌が荒れちゃって」「シミがね」。そんな悩みを語り、販売員と化粧品を選ぶ。まるでここだけ世界から切り離された美しい女の街に見えてくる。
新型コロナウイルスの影響で、今年4月にも開催が決まっていた「女性のためのナチュラルビューティースタイル展」は中止になった。決断したのは最終的に吉川だったが、緊急事態宣言後、百貨店はのきなみ休業を決めた。国家的危機の時代、ファッションや美など、不要不急であるかのように。でも、本当に不要不急? あの美しい街に、私たちが戻れるのは、いつなのだろう。 吉川は1959年、東京の裕福な家に生まれた。祖父が築いたボルトやナットの卸問屋は、高度成長期を背景に大成功を収め、倉庫を併設する大きな家で、忙しく働く大人に囲まれ育った。幼い頃から母の鏡台に並ぶ舶来の化粧品を毎日試しては、マスカラつけたら目が大きくなる、口紅つけたら顔が明るくなると、喜びを感じる女の子だった。とにかく化粧品が大好き。学生時代はレブロンのピンクのリップに青いシャドーをつけ、エスティローダーのナイトリペアが発売された時は「すごいの!」と友に薦めるコスメマニアでもあった。 邪魔されず、ゆっくり化粧品の棚をのぞきたくて、ソニープラザでレブロンの販売アルバイトを始めたのは大学3年生のとき。吉川の売り上げがあまりに良く、「社員にならないか」と当時六本木にあった本社につれていかれたこともあった。 その時に出会ったのがレイコ・B・リスターだ。1934年生まれ、レブロンの事業部長を経て、当時は新ブランドの日本法人のトップだった。上にいく女性がいない時代に、吉川が見たのは何百人もの部下を抱えた圧倒的に美しい40代のリーダーと、肌の綺麗な美容部員の集団だった。 「部下の女性たちが、みんな彼女を尊敬してるのが分かりました。ちゃらちゃらしてない、きちんと稼いで生きていこうとする女性たちでした」 男女雇用機会均等法以前、そもそもお嬢様育ち、職業人として期待される未来もなく、明確な目標もなかった吉川が、職業意識を変えるきっかけとなる美容業界との出会いだった。結局レブロンには入らず、リクルートや設計事務所でのアシスタントを経て、30歳で結婚。すぐにカメラマンの夫と共に起業した。最初は撮影の会社だったが、幼い子を育てながら美容の専門学校に通い、美容の仕事への足場固めを始めた。マンションの一室でエステサロンを始めたのは33歳の時だった。 (文/北原みのり) ※記事の続きは「AERA 2020年6月22日」でご覧いただけます。
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June 15, 2020 at 02:00PM
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